「人生において無駄なことは何一つない」

 

よーく言われることですよね。

特に親や先生から言われることが多かったのではないでしょうか。

 

今回は、この言葉の意味について改めて考えてみたいと思います。

 

無駄なことが何一つないって、言葉としては矛盾していますよね。

無駄なことは無駄だし、誰だって時間やお金を無駄にした経験があるのではないでしょうか。

 

僕だってダラダラ過ごしてしまった日は無駄な時間を過ごしたなって思いますし、

3万円もする財布を落として中に入っていた現金含めて5万円以上を無駄にしたこともあります。

 

こういうのって、表面的にはただの無駄でしかない訳ですよね。

 

ダラダラしていた時間を勉強なり遊びなりに費やしていればもっと有意義な時間を過ごせたし、

財布を落とさなければお金やカードなどを失うことはありませんでした。

 

普通の人ならここで思考が止まってしまい、損した気分しか残りません。

 

ですが、ここで立ち止まって考えてみてください。

この無駄から得られるものってありませんか?

 

例えば先ほど挙げた時間をダラダラ使ってしまったこと。

時間をダラダラ使ってしまったことには理由があるのではないでしょうか?

 

仕事や学校で疲れていたからとか、なんとなく何もする気になれなかったからとか、何も予定がなかったからとか。

 

そういう理由があるならば、たとえダラダラ過ごしていたとしても、

有効な時間の使い方だったという発想の転換になりませんか?

 

疲れていたのならば休むことが出来たし、何もする気になれなかったならば気力を充電することが出来たし

何も予定がなかったのならば、次からは予定を立てたほうが有意義になるという学びが得られる。

 

つまり、ダラダラ過ごした時間というのはプラスにもなりえるということです。

 

基本的にダラダラするのは悪であるというよく分からない価値観が日本では根強いですが、

その価値観に縛られていたのでは、負の側面しか見られなくなってしまいます。

 

財布を落としたことだって、5万円相当のものを無くしたんだから

次からは絶対に無くさないようにしようという学びが得られるはずです。

 

実際に僕はあれから無くしものを一切していません。

 

昔から無くしものが多かったんですが、

さすがに5万円相当のものを無くしてからは確実に危機感を感じましたね。

 

このように、無駄から学びを得られることが出来れば、

無駄は無駄じゃなくなるのです。

 

無駄を無駄と思った瞬間から、無駄は無駄になるのです。

 

自分の捉え方次第ということですね。

 

僕はこの考え方を本で学んでから、

今まで絶対に無駄だと思っていたことを教訓として生かすようにしました。

 

そうしたら、物事がうまく回っていくようになったし、

さらに自分を成長させることが出来る要因を見つけることが出来るようにもなりました。

 

もちろん、過去の無駄なことだけでなくて、

今やっていることも無駄にはなりませんよ。

 

何で勉強しているんだろう、何でこんな仕事しているんだろうと思ったら

いったん立ち止まって自分に問いかけてみるといいですね。

 

そうすれば、何かしら得られるものはあるんじゃないかと思うはずです。

考えてみて無いとはっきり思うんなら、やめたほうがいいですけどね。笑

 

では、長くなってしまったので今回はこの辺で。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。